カロ高の歴史【カローラの発売】
2021.06.24
55周年記念企画 カロ高の歴史を振り返る
第4弾!
昭和41年(1966年)7月に、47名で「パブリカ高崎」として創業した弊社。
同年10月には「トヨタパブリカ高崎」に社名変更、そして本社を開設。
同年11月には、「カローラ」の発表会を行っております。
創業初年は大変慌ただしかったのかな、と推測されます。
写真は、発表会の様子です。
場所は、高崎問屋町の展示会館(現在のビエント高崎さんの「ビックキューブ」)。
競合大衆車の排気量が1,000ccに対して、カローラは1,100cc。
「プラス100の余裕」というキャッチコピーも奏功し、カローラは販売台数を伸ばしていきました。
「よく売れた。色がお客様の希望に合わなくても、早く乗りたいから、違う色でも売れた」-。
「フロアシフトが斬新」-。
「自動車税は500cc刻みなので、税金面では若干不利だが、それを上回る性能・高級感があった」-。
弊社の社史には上の言葉が残っています。
一方で、
「休みは盆・暮れ・正月だけ」-。
「土日も仕事、毎日12時は当たり前」-。
「若い人しか、職場にはいない。いつも飛び回っていた」-。
との声も・・・。
カローラはご存知の通り、お客様のご支持のおかげで
「昭和・平成」から「令和」の現在にも受け継がれる
トヨタを代表するロングセラーカーになりました。
当時の展示会にいた弊社メンバーは、
あの時カローラがここまでのクルマに成長すると予想したでしょうか。
あくまで推測ですが、そんなことを考える余裕はなく
ただひたすら、お客様のため、カローラ販売のため「飛び回っていた」のでしょう。
カローラ発売から3年半後の昭和44年3月、弊社は現在の社名である
「トヨタカローラ高崎」に社名を変更しました。
<主要スペック トヨタ カローラ(KE10)>
・全長×全幅×全高:3845×1485×1380mm
・ホイールベース:2285mm
・重量:710kg
・エンジン型式・種類:K型・直4 OHV
・排気量:1077cc
・最高出力:60ps/6000rpm
・最大トルク:8.5kgm/3800rpm
・トランスミッション:4速MT
・タイヤサイズ:6.00-12 4P
・価格:49万5000円(当時の大卒初任給 24,900円)
緊急企画!【カロ高の中古車は、なぜご好評いただいているのか?】
2021.06.20
カロ高の中古車は、
「購入したクルマの状態が良い」「きれいに整備されている」といった声を
多数いただいております(*^▽^*)
その秘訣は、、、「まるクリ(まるまるクリン)」です!
1台1台、お客様から下取らせていただいたおクルマを、
手作業で、”まるごとクリーニング”しています。
普段なかなか見れない
おクルマが生まれ変わる様子を約5分の動画にまとめました!
こちらのURLからぜひご視聴ください☆
【5分でわかる!まるクリ!✨】下取りした中古車が店頭に並ぶまで - YouTube
カロ高の中古車は”すべて”まるクリ実施済みです!
中古車お探しの際は、弊社HPからどうぞ!
【カロ高】公式ロゴ完成!!
2021.06.17
本社企画担当の佐鳥です☆
日頃より弊社をご愛顧頂き誠にありがとうございます。
ここ数年、【カロ高】と表記することが多くなり
より多くのお客様に親しみを持って頂くために
今回公式ロゴを作成しました~(*^▽^*)
完成した公式ロゴがこちらっ!!
※2つのロゴの違いはCOROLLA TAKASAKIの文字の有無です
「カロ高」の文字をベースとして、様々なモチーフを所々にまぎれさせ
地域密着の親しみやすさを表現しました!!
高崎といえばダルマ!さらに右下のクルマは家族で出かける楽しさを表現(^^)/
今後、【カロ高】公式ロゴを使って、みなさまに
よりご愛顧頂けるよう精進して参ります!!
今後もぜひ【カロ高】をよろしくお願いします☆
【トヨタ初の大衆車「パブリカ」】
2021.06.16
「パプリ~カ♪花が咲いーたーらー♪」-。
近年こんな歌がはやりましたね。
今回お話するのは「パプリカ」ではなく、トヨタ初の大衆車【パブリカ】です。
かつて、トヨタには「パブリカ」というクルマがありました。
そして当社の創業時の社名は「パブリカ高崎」。
今回は、社名に付された「パブリカ」というクルマを紹介させていただきます。
パブリカは昭和36年(1961年)6月発売されたトヨタ初の大衆車。
「パブリック・カー」からの造語です。車名は一般公募されました(応募数108万通、賞金は100万円)
残念ながら、パブリカの「販売」経験がある社員さんは現在、当社には在籍しておりません。
ただ、「整備」経験がある社員さんはおり、パブリカの印象を聞くと、
・「空冷エンジンだった」
・「燃料メーターがなく、給油口で確認した」
・「パタパタ音がした」
とのこと。
現代の「静かなエンジン」に慣れている私たちからすると違和感があるのかもしれませんが、
「パタパタ音」も慣れれば、きっと心地の良いものだったのでしょう。
ただ、当初は販売では苦戦。
販売価格を抑えるため、内装・装備が簡素過ぎたのか
お客様に支持されなったようです。
しかしその後、デラックス版の設定、マイナー・モデルチェンジによる改善などにより
内外装に高級感を演出したことが奏功し、販売台数は軌道に乗り
車名通り、「大衆車」の「先駆け」的存在になりました。
「パブリカ」はその後販売される「カローラ」に、大衆車の主役を譲ることになりますが
トヨタ創業以来の宿願である「国民大衆車の量産・量販」を体現したクルマであると言えるでしょう。
当社にとっても、創業時の経営を支えくれたクルマであることは間違いありません。
<主要スペック:トヨタ パブリカ (UP10型)>
・全長3520㎜
・全幅1415㎜
・全高1380㎜
・ホイールベース2130㎜
・車重580kg
・FR・U型空冷水平対向2気筒697cc
・最高出力28ps/4300rpm、最大トルク5.4kgm/2800rpm
・変速機4速コラムMT・乗車定員4名・最高速110km/h
・販売価格38万9000円(当時の大卒初任給は14,817 円)
<昭和36年の主な出来事>
・ソ連宇宙船ボストーク1号がユーリイ・ガガーリン飛行士を乗せ、人類初地球一周に成功
・大関の柏戸(第47代)、大鵬(第48代)が同時に横綱昇進
<「国民車構想」>
「一定の要件を満たす自動車の開発に成功すれば、国が製造販売を支援する」-。
昭和30年5月、一部メディアが、通商産業省(現 経済産業省)筋の話として
「国民車育要要綱案(国民車構想)」を報道。
結果的に、「大衆車」に対して補助を行うことはなかったのですが
政府が当時、国産メーカーに対して、小型大衆車の普及を後押しする動きがあったようです。
こういった時代背景もあり、自動車各メーカーは当時、小型大衆車の量産に向け開発競争をしていました。「パブリカ」はまさに「国民車」になるべく、期待を背負って誕生したのでしょう。
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